日本料理「弁慶」・寿司処「橘」
中島幹夫・小野紀生
Prolougue
Story1 熊本の景色になじむ、おもいやりのホテル。
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熊本には、中心市街地「まち」と呼ばれる場所がある。熊本城に向かって伸びる市電、左右には2つのアーケード。多くの人々が右から左から足早に渡る「通町筋」は、熊本を代表する風景のひとつだ。2002年の開業以来、この熊本の景色にすっかりなじんでいるのが、二人のプレミアムシェフが所属する「ホテル日航熊本」。
「なじむ」というのは、ただ建物が景色と一体になってきたというわけではない。「ホテル日航熊本」の存在が、熊本になじんできたということ。ただそこに建っているだけでは、それは到底叶わない。
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「私たちは、ホテル文化の発信と地域社会への貢献に努め、さらに素敵なホテル・お客様に愛されるホテルへ進化を続ける、という理念を持っています」。そう語るのは、日本料理「弁慶」料理長の中島幹夫さん。この想いは、関わる全ての人への「おもいやり」につながり、日本に伝わる美しい心を、このホテルでは大切にしているのだ。
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その一つの取り組みとして、2022年に山都町に有機農業を核とした農場「山都ファーム」を開設。始まりは、料理人たちの行動があった。「熊本の食材のことをもっと知りたい。生産者さんとつながりたい」と、休日返上で圃場へ足を運び、定植や収穫などをお手伝い。共に汗を流し、同じ釜の飯を食う。そんなことを自発的に行なってきたのだ。
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料理人としても、地域と共に食育イベントを実施するなど、互いの関係を深めていった。
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もちろん、県産野菜だけでなく、天草産の海鮮類や天草黒牛、あか牛、不知火町松合のみそや醤油なども積極的に取り入れ、熊本の風土をうつした「ホテル日航熊本」だからこそ生み出すことのできるオンリーワンを追求。こうして、熊本になじんでいったのだ。
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日本料理「弁慶」中島さんは京都出身。2002年の開業までは「ホテル日航大阪」で腕を磨いた。はじめて訪れた熊本の地。最初こそ、それまで扱っていた全国の食材を積極的に取り入れていたが、次第に、熊本県産が主になっていったという。
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「たくさん素晴らしい食材がある中でも、開業当時からお世話になっている『松魚村平(しょうぎょむらへい)』さんは、『弁慶』にはなくてはならない存在。出汁が命の日本料理なので、もし『松魚村平』さんが商品を出さないということになったら、『弁慶』は店を開けられないと思っています」。これほどまで惚れ込むには、大きな理由がある。それは、また後ほど。
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もう一人のプレミアムシェフを紹介しよう。「弁慶」内にある寿司処「橘」寿司長の小野紀生さんだ。豊富な漁場、美しい海に囲まれた熊本・牛深で育った。京都・熊本で修業を重ね、2006年「橘」に。寿司長としてカウンターに立ち、その美しい所作でお客さんを魅了している。
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「寿司を学びはじめて、天草の魚がどれだけ素晴らしいのかを知りました。カウターで寿司を握り、お客様から『美味しいね、どこの魚?』と尋ねていただいた時、『天草です』とお答えできるのが、本当に幸せです」。そう語る小野さんの笑顔からは、故郷への誇りを感じる。
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今回、なぜ2人の料理人が同時に登場するのか。その理由は、2人が「ホテル日航熊本」で過ごすゲストへの最高のもてなしとして、「懐石料理」と「寿司」の饗宴を決断したからだ。日本料理の中でも寿司は、別カテゴリーとして取り上げられるほど特殊な存在。普段、異なる調理場に立ち働く2人が、今回、手を取ったというわけだ。
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どんなプレミアムコースでもてなしてくれるのか…。寿司は、食事の締め?いやいや、2人はそんな通り一辺倒なもてなしはしないようだ。
さあ、日本料理の真骨頂。懐石と寿司のフュージョンを楽しみたい。
Story2 懐石と寿司のプロフェッショナルが生み出す「つむぐ時間」。
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日本料理「弁慶」「橘」がつむぐプレミアムな時間を過ごしていただくために、舞台として選ばれたのは、日本料理「弁慶」内にあり、カウンターのみで構成された割烹「梢」。
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客席から一段下がったカウンター内は、料理人の手元まで眺めることができる工夫がなされている。「見せる」ことは「魅せる」こと。無駄なものは一切ない、計算し尽くされた調理台。
凛とした空間に、ここが特別な場所だと認識するのに、時間はかからない。
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扉を開け、席につき、また扉を閉めるその時まで、空間だけに留まらず、2人の料理人すらも独り占めできるというのだ。
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2人がテーマにしたのは「水」。開業よりはや20年以上の月日が流れ、この水の都・熊本で百年続く名門ホテルを目指す。清らかな水は、山から海へと流れていく。山で出会った野菜たち、海で出会った魚たち。そして、水によって育まれた豊かな大地が、さらなる実りを生む。
「これまでの、出会い一つひとつを大切に。弁慶・橘特別献立『紡(つむぐ)』をお楽しみください」。(中島さん)
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4つの章で構成された「紡」。
前述したように日本料理に欠かせない「出汁」もまた、大切なテーマになっている。
〜序章「菜」〜
まずはニンジンやカブ、シイタケの石突きでとった野菜の出汁をいただく。塩はほんの少しだけ、ニンジンの香りがふわっと広がり、野菜の力強さを感じる。
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山都町には、次世代を担う農家や料理人などで結成された「山都でしか」というグループがある。子どもたちが、「ここで働きたい」「ここで暮らしたい」と思う未来を作るため、「山都でしかできないこと」に注目し、魅力を発信しているのだ。
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そのメンバーでもある「YASKI FARM」の鳥越やすきさんたちは、熊本に移住し、有機野菜作りに取り組んでいる。土作りを大切に、野菜が持つ力を信じて育てる。
そこで元気に育ったニンジンが、この味わいを叶えているのだ。
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ニンジンの甘味を味わっている間にも、目の前では、前菜が美しく盛り付けられていく。
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カウンターの片隅では、野菜の出汁で炊いたタケノコが炭で炙られ、昆布じめされた菜の花も、小野さんによって握られ、目の前に。
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「菜の花が咲いているように」とおぼろ昆布も飾られ、そのままいただけるということ。
続いて、第一章「海」では、「ここの鰹節が手に入らなくなったら、『弁慶』は終わる」と中島さんが惚れ込んだ「松魚村平」の鰹節が登場。
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「毎日、削りたてをお届けすることにこだわっています」と「松魚村平」の代表・嶋村誠次朗さん。朝から削り、取引先に配達するという日々を送るため、午前中は電話にも出られないほど大忙し。昭和28年創業以来、代々、鰹節と向き合ってきた名店だ。
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鰹節には段階があり、あら本節→はだか本節→枯れ本節と乾燥が進むにつれ、旨みが強く、香りがクリアになってくるという。「今回、出汁の旨み・香りを楽しんでいただきたいと考え、プレミアムコースのためにはだか本節をご用意いただきました」と中島さん。
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コースの最中、目の前で削った削り立てを使い出汁をとる。今回、こだわるあまり削り箱も新調。坪井に店を構える「Baumkuchen」にオーダー。こちらは、母体の林業を営みながら、ウッドプロダクトを販売する一軒だ。
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他にも、まな板や刺身皿も熊本の木材が活用されているという。
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話を出汁に戻そう。まずはとりたての出汁を味わい、鰹節の旨み・香りを楽しむ。
続いて「煮物椀」となって提供されるのだ。
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日本の食卓に欠かせない鰹節。何気なく口にしていた出汁も、こうして物語を聞くと、一層奥深い味わいになるから不思議だ。
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続いて、「造里」。
熊本県産の酒を語る上で欠かせない山都町の「通潤酒造」の酒粕に漬け込んだ伊勢海老が登場。ぷりっとした食感と甘みが増し、もちろん酒との相性も抜群だ。
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「本日の魚は全て天草で水揚げされたものです」。そう話す小野さん。創業以来、「こんな魚が欲しい」と相談すると、希望を叶えてくれるという「宮城水産」目利きの伊勢海老、イカ、小鯛、マグロ、ウニ、車海老…が、この日提供された。
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カウンター越しに、2人の料理人の美しい所作と、息のあった連携を眺めながらの食事。眺めて、味わい、会話も楽しむ。もちろん、お酒も欠かせない。
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酒粕も採用している「通潤酒造」は、山都にある日本酒の酒蔵。西郷隆盛が寝泊まりしたことがあるなど、偉人も愛した250年以上の歴史を持つ老舗だ。酒造りには最適な厳しい冬が訪れる場所で、ほぼ100%山都産の酒米で仕込まれる。さらに全ての酒に「くまもと酵母(きょうかい9号酵母)」を使う地産地消の酒。
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食事と酒の相性は、ぜひ尋ねながら味わっていただきたい。
第二章「地」へと移っていく。焼物八寸、寿司、炭火焼が、熊本の大地の力強さを伝えてくれる。
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先ほど、「宮城水産」の原口さんが教えてくれた車海老がコチラ。白と赤が美しく、もちろん味わいも絶品。「天然より養殖が、味や見た目が上なことが多いんですよ」と教えてくれた。
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「フォアグラ?」と思わずゲストが驚いたのはこちら。天草大王の白レバーを酒粕でマリネし、天草大王のミンチと共に原木シイタケに詰めたもの。仕上げに、ゲストの前で炭火焼して提供される。
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ゲストのタイミングに合わせながら、進んでいく時間。「美味しい」の演出に欠かせない器もまた、松橋町の「萩見窯」で作られたもの。
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「萩見窯」に井銅心平さんは、窯を構える宇城市の土を使い作陶するという。その土だからこそ出る色合いもあり、それが「焼八寸」の青銅色。一枚一枚、風合いが異なる点も、料理と器の出会いを楽しむにはうってつけ。
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寿司皿は、漆の黒塗りの盆をイメージ。両端に傾斜をつけることで、ゲストへのスマートな提供が実現するという配慮も欠かせない。美しさや見た目だけでなく、こうした「使いやすさ」を大切にするのも井銅さんの特徴だ。
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食事の時間も終わりを迎えようとしている。最終章「実」では、「寿司にご飯を使うのでずいぶん悩みましたが、やはり食事の締めはご飯を食べていただきたいと思い、献立を考えました」と中島さん。
山都町の合鴨米をしらすと蓮根と共に炊き上げたご飯と、伊勢海老のあら汁。
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米は、「山都でしか」代表で「マルハチファーム」の八田将吾さんの合鴨米。代々続く、合鴨栽培を今も行い、「おかずのいらない米」というほど、噛めば噛むほど旨みが広がる米だ。
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もちろん、伊勢海老のあら汁の味噌も熊本。阿蘇で育てた大豆と、菊池の麦など、素材も地産にこだわり天然醸造した宇城市「松合食品」の味噌だ。
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力強く発酵する味噌やしょうゆは、口に含めば味の違いが分かるほど。日本料理はできるだけ味を足さず、素材の持ち味を活かすため、調味料選びは慎重に行う。だからこそ、美味しくて体に優しい調味料は、このプレミアムコースに最適なのだ。
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こだわり尽くした味噌と伊勢海老の出汁が聞いたあら汁。それは、美味しくないわけがない。
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最後に訪れたのは、同じく「山都でしか」の一員で「なかはた農園」の中畠由博さん。
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準高冷地で日照時間の少ない山間という環境に適したイチゴ栽培に取り組み、幾度も壁にぶつかりながらも、現在はリモート管理などのITの活用も併用しながら、少ない日照時間をうまく活用した甘くて美味しいイチゴを出荷している。
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「さがほのか」は最中に、「よつぼし」はいちごミルクに。
最中は、炭火で炙った最中の香ばしさと小豆とイチゴの甘酸っぱさが好相性。
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そして、コースを締めるのは、「今回、生産者さんをめぐって感じたのが『原風景』。懐かしい気持ちになり、子どもの頃、よく食べていたイチゴミルクをイメージして作りました」と中島さんが話す「いちごミルク」。
山から海、大地の恵み。熊本の恵み、出会った人々の想いをつむいだプレミアムコースを、特別なおもてなしでいただきたい。
店舗情報
住所:熊本県熊本市中央区上通町2-1ホテル日航熊本7F
TEL:096-211-1673※3日前の14時までの要予約 (対応言語:日本語)
営業時間:17:30〜21:30(L.O19:30)※定休日:水曜
公式HP:https://nikko-kumamoto.co.jp/restaurant/tachibana/menu/7/
プレミアムコースのご予約
プレミアムコースは熊本の四季折々の食を楽しんでいただくために、各店舗の食材で内容が変わります。内容については店舗に直接お尋ねください。
熊本「食」のプレミアム〜紡〜TSUMUGU
料金:30,000円 ※1日6組限定